豊臣秀吉(とよとみひでよし)は、戦国時代を終わらせた二人目の天下人です。足軽(低い身分の兵士)から関白、さらには天下人へと登りつめた、日本史上最大の「出世頭」として知られています。
1582年、主君・織田信長が本能寺の変(1582年)で倒れると、いち早く戻って明智光秀を破りました。その後、信長の事業を引き継ぎ、1590年には北条氏を滅ぼして、ついに天下統一を成し遂げました。
秀吉が行った政策で最も重要なのは、社会の仕組みを根本から変えた兵農分離(へいのうぶんり)です。 全国の土地の広さや収穫量を調査した太閤検地により、税(年貢)を確実に徴収できるようにしました。また、1588年には刀狩(かたながり)令を出し、農民から武器を取り上げて一揆を防ぐとともに、武士と農民の身分をはっきりと分けました。
晩年には、1592年(文禄の役)と1597年(慶長の役)の2度にわたり朝鮮半島に軍を送りましたが、1598年に伏見城で病死しました。