1588年、天下統一を進める 豊臣秀吉 は、全国の農民から刀や脇差、弓、槍、鉄砲などの武器を取り上げる 「刀狩(刀狩令)」 を実施しました。
この政策の主な目的は、農民による 一揆(いっき) を防ぎ、耕作に専念させることでした。秀吉は「没収した武器は、大仏建立の材料にする」という名目を立てて、農民たちの抵抗を抑えようとしました。
これにより、武器を持つことができるのは武士だけとなり、武士と農民の身分の区別が明確になりました。これを 兵農分離(へいのうぶんり) と呼びます。同時期に行われた「太閤検地」と合わせ、近世の封建社会の基盤が作られました。