北条時宗(ほうじょうときむね)は、鎌倉幕府の第8代執権です。世界帝国を築いたモンゴル(元)の脅威に対し、わずか18歳で執権に就任し、日本の独立を守り抜いた若き指導者として知られています。
当時、中国大陸を支配していたフビライ・ハンは、日本に服従を迫る使者を何度も送ってきました。しかし、時宗はこれを拒否。徹底抗戦の構えを見せました。これに対し、元軍は1274年に九州へ襲来(文永の役)。集団戦法や火薬兵器「てつはう」に苦戦しましたが、武士たちの奮闘と暴風雨により元軍は撤退しました。
時宗は再来に備え、博多湾沿いに石造りの防壁(防塁)を築かせ、御家人たちを九州の警備に就かせる「異国警固番役(いこくけいごばんやく)」を強化しました。そして1281年、より大規模な元軍が再び攻めてきました(弘安の役)。武士たちは防塁を利用して元軍の上陸を阻み、再び発生した台風によって元軍は壊滅的な被害を受け、日本は守られました。
時宗はこの勝利の後、わずか34歳でこの世を去りました。禅宗を深く信仰し、鎌倉に円覚寺を建立したことでも有名です。