天武天皇(てんむてんのう)は、飛鳥時代後半に「天皇中心」の国家体制を確立した強力なリーダーです。即位前は大海人皇子(おおあまのおうじ)と呼ばれていました。
兄である天智天皇の死後、672年に皇位継承をめぐる日本最大の内乱、壬申の乱(じんしんのらん)が起こります。大海人皇子は、地方の豪族を味方につけて近江大津京の大友皇子を破り、勝利しました。
即位後の天武天皇は、大臣を置かずに皇族だけで政治を行う「皇親政治(こうしんせいじ)」を行い、天皇の権力を絶対的なものにしました。また、豪族たちをランク付けする八色の姓(やくさのかばね)を制定したり、最初の本格的な法律となる飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)の編纂を命じたりしました。
さらに、「日本」という国号や「天皇」という称号を使い始めたのも、この天武天皇の時代からだと言われています。歴史書の編纂も命じ、後の712年に完成する『古事記』や『日本書紀』の土台を作りました。