少路小学校・豊中第十一中学校 専門塾
個別指導ネイバー

トップ歴史人物列伝 > 北条泰時

歴史人物列伝

北条泰時

北条泰時(ほうじょうやすとき)は、鎌倉幕府の第3代執権(しっけん)です。父・義時とともに1221年承久の乱を勝ち抜き、戦後は京都に設置された六波羅探題(ろくはらたんだい)の初代を務めました。

泰時が最も成し遂げた大きな功績は、1232年に制定された御成敗式目(ごせいばいしきもく)です。これは、武士の社会の慣習をまとめ、裁判の基準をはっきりとさせた日本初の武家法です。これにより、土地をめぐる争いなどが公平に裁かれるようになり、御家人たちからの信頼を勝ち得ました。

また、自分一人の力で政治を決めるのではなく、執権の補佐役である連署(れんしょ)や、有力御家人からなる評定衆(ひょうじょうしゅう)を設置し、話し合いで物事を決める「合議制(ごうぎせい)」を取り入れました。

泰時は非常に人格者としても知られ、質素な生活を送り、民衆や御家人のために尽くした「名執権」として、後世まで高く評価されています。

まとめ

北条泰時のまとめ

  • 鎌倉幕府の第3代執権で、北条氏の独裁ではなく合議制を整えた
  • 1221年、承久の乱の後に初代六波羅探題に就任
  • 1232年、日本初の武家法御成敗式目を制定
  • 連署評定衆を置き、有力御家人との協力体制を作った
  • 武士の社会に公正な裁判の仕組みを根付かせ、幕府を安定させた
生徒様へ

「みんなが納得するルール」を作ったすごい人

それまでの日本には、貴族のための法律(律令)はあっても、武士のための分かりやすいルールはありませんでした。泰時は、読み書きが苦手な武士でも理解できるように、そして不公平がないように一生懸命考えて法律を作ったんです。 誰かの独断で決めるのではなく、みんなで話し合って決める。この「フェアな精神」が、泰時が今でも尊敬されている理由です。 勉強も「なんとなく」やるより、「自分なりのルール(計画)」を決めて取り組む方が、迷いがなくなって結果が出やすくなります。泰時のように、自分を律するルールを作ってみよう!

LINEで今の悩みを相談する
保護者様へ

法治社会の原点を学び、記述力を養う。

北条泰時が行った「御成敗式目」の制定は、日本の歴史において非常に重要な転換点です。なぜこの法律がその後の室町・戦国時代まで影響を与え続けたのか。その背景を理解することは、歴史の大きな流れを掴むトレーニングになります。 少路小・豊中十一中の定期テストでは、このあたりの「制度の変遷」がよく狙われます。当塾では20年の指導実績をもとに、複雑な歴史の因果関係を分かりやすく整理し、お子様の「考える力」を伸ばします。

無料体験授業はこちら