少路小学校・豊中第十一中学校 専門塾
個別指導ネイバー

トップ歴史人物列伝 > 菅原道真

歴史人物列伝

菅原道真

菅原道真(すがわらのみちざね)は、平安時代を代表する学者であり、政治家です。代々学者の家系に生まれ、その類まれなる才能によって、宇多天皇に重用されました。

道真の最も有名な功績の一つが、894年遣唐使の廃止(白紙に戻そう遣唐使)の建議です。当時の唐(中国)が衰退していたことや、航海が非常に危険であったことを理由に中止を提案しました。これがきっかけで、日本独自の文化である「国風文化」が大きく発展することとなりました。

道真は順調に出世し、ついに右大臣(うだいじん)という高い地位にまで上り詰めました。しかし、家柄ではなく実力で出世した道真を快く思わない藤原氏の藤原時平(ふじわらのときひら)らの陰謀により、「天皇を裏切ろうとしている」という無実の罪を着せられてしまいます。

その結果、901年、道真は九州の太宰府(だざいふ)へと左遷(させん)され、そのわずか2年後に失意のうちに生涯を閉じました。

道真の死後、京都では落雷などの天変地異が相次ぎ、人々は「道真の祟(たた)りだ」と恐れました。のちにその怒りを鎮めるために、道真は「北野天満宮」などに祀られ、現在は「学問の神様(天神様)」として、受験生をはじめ多くの人々に崇められています。

まとめ

菅原道真のまとめ

  • 894年、唐の衰退を理由に遣唐使の廃止を建議した
  • これにより日本独自の国風文化(かな文字、寝殿造など)が発達した
  • 藤原時平の陰謀により、901年太宰府へ左遷された
  • 死後は「天神様」として、学問の神様として祀られている
生徒様へ

努力の天才、道真公に応援してもらおう!

「学問の神様」として有名な道真公ですが、実は彼自身が猛烈に勉強して、家柄の壁を突き破って右大臣まで登りつめた「努力の人」でした。 太宰府へ行くとき、庭の梅の木に「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花…」と詠んだ歌も有名です。受験前に天満宮へお参りに行くときは、ただお願いするだけでなく、道真公のような「最後までやり抜く知性」を分けてもらう気持ちで向かうと、もっとパワーがもらえるかもしれませんね!

LINEで今の悩みを相談する
保護者様へ

歴史の流れを理解し、「使える知識」に変える。

菅原道真の左遷は、単なる悲劇のエピソードではなく、その後の「藤原氏による摂関政治の確立」に繋がる重要な政治的事件です。 当塾では、単なる暗記ではなく「なぜこの事件が起きたのか」「その結果どうなったのか」という歴史の因果関係を丁寧に指導します。豊中十一中・少路小の定期テストで求められる「論理的な思考力」を、プロの視点で養います。

無料体験授業はこちら