蘇我馬子(そがのうまこ)は、飛鳥時代に絶大な権力を振るった豪族です。大臣(おおおみ)として、姪にあたる推古天皇(すいこてんのう)や、聖徳太子(しょうとくたいし)と共に、天皇を中心とする新しい国づくりを進めました。
馬子の最大の功績は、538年に伝来して以来、激しく争われていた仏教を、日本の正式な教えとして定着させたことです。仏教を広めようとする蘇我氏と、伝統的な神道を重んじる物部氏(もののべし)が対立しましたが、馬子は物部氏を戦いで破り、日本最古の本格的寺院である飛鳥寺(法興寺)を建てました。
一方で、馬子は自分の意に沿わない崇峻天皇を暗殺させるなど、強引な権力行使でも知られています。しかし、聖徳太子と協力して「冠位十二階」や「十七条の憲法」を制定し、大陸の進んだ文化を取り入れようとした姿勢は、後の大化の改新へと繋がる重要なステップとなりました。
奈良県明日香村にある巨大な石造りの墓、石舞台古墳(いしぶたいこふん)は、馬子の墓ではないかという説が非常に有力視されています。