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歴史人物列伝

白河上皇

白河上皇(しらかわじょうこう)は、平安時代末期に新しい政治の仕組みである「院政(いんせい)」を確立させた人物です。第72代天皇として即位した後、父である後三条天皇の遺志を継ぎ、藤原氏による摂関政治(せっかんせいじ)から主導権を取り戻そうとしました。

1086年、白河天皇はわずか8歳の堀河天皇に位を譲ります。しかし、天皇を引退して「上皇(じょうこう)」となった後も、天皇に代わって政治の実権を握り続けました。これが院政の始まりです。

上皇は、天皇を補佐する摂政や関白といった藤原氏の役職を飛び越えて、直接命令を出すことで自分の思い通りの政治を行いました。この体制を維持するために、独自の軍事力として「北面の武士(ほくめんのぶし)」を配置したことも大きな特徴です。

白河上皇は実に43年間にわたって院政を行い、「意のままにならないのは鴨川の水、すごろくのサイコロの目、比叡山の僧兵だけだ」と言われるほどの強大な権力を誇りました。この院政の仕組みは、その後の鳥羽上皇、後白河上皇へと引き継がれていくことになります。

まとめ

白河上皇のまとめ

  • 1086年に位を譲り、院政を始めた
  • 天皇を引退して上皇(または法皇)となり、実権を握り続けた
  • 藤原氏の摂関政治を抑え、天皇中心の政治を復活させようとした
  • 自分の警護のために北面の武士を組織した
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「上皇」と「天皇」の違いを整理しよう!

白河上皇がやったことは、いわば「現役社長(天皇)」の座を譲って「会長(上皇)」になり、会長室から会社を動かすようなものです。 なぜそんな面倒なことをしたのか? それは、天皇のままだと儀式やルールに縛られて自由が効かないからです。 自由な立場の「上皇」になることで、藤原氏に邪魔されずに自分のやりたい政治を実現した。そう考えると、白河上皇の賢さと執念が見えてきませんか?

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