坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)は、平安時代初期の武人で、桓武天皇(かんむてんのう)に仕えました。彼は、当時の大和政権に従わなかった東北地方の蝦夷(えみし)を平定する大役を担った人物です。
田村麻呂は、蝦夷平定のために派遣された軍の総責任者である征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命されました。彼は優れた武勇と知略を駆使して東北の平定を進め、802年には現在の岩手県に拠点となる胆沢城(いさわじょう)を築きました。
特に有名なのが、蝦夷のリーダーであるアテルイとの戦いです。長年激しく争った末にアテルイは降伏しましたが、田村麻呂はその武勇と潔さを認め、彼の命を助けるよう朝廷に強く働きかけました。結局その願いは聞き入れられませんでしたが、このエピソードは田村麻呂の誠実な人柄を伝えています。
また、田村麻呂は京都の有名な寺院、清水寺(きよみずでら)を建てた人物としても知られています。彼は後に「武人の神様」として崇められ、戦国時代の武将たちからも尊敬される存在となりました。