少路小学校・豊中第十一中学校 専門塾
個別指導ネイバー

トップ歴史人物列伝 > 源頼朝

歴史人物列伝

源頼朝

源頼朝(みなもとのよりとも)は、鎌倉幕府を開き、本格的な武家政治の仕組みを創り上げた初代将軍です。

父・義朝が「平治の乱」で敗れた後、頼朝は死を免れたものの、伊豆国(静岡県)へと流されました。約20年もの間、雌伏の時を過ごした頼朝は、平氏打倒の挙兵に応じ、東国の武士たちをまとめ上げて鎌倉を本拠地としました。

弟の源義経らの活躍もあり、1185年の壇ノ浦の戦いで平氏を滅亡させました。この際、頼朝は全国に守護(しゅご)地頭(じとう)を設置する権利を朝廷から認めさせました。これにより、軍事・警察権(守護)と土地管理・徴税権(地頭)を武士が握ることとなり、幕府の支配力が全国に広がりました。

その後、奥州藤原氏を滅ぼして全国を平定し、1192年に朝廷から征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命されました。ここに名実ともに鎌倉幕府が成立し、約700年続く武士の時代の幕が開きました。

まとめ

源頼朝のまとめ

  • 1185年に平氏を滅ぼし、全国に守護・地頭を設置した
  • 1192年征夷大将軍となり、鎌倉幕府を開いた
  • 武士の棟梁(リーダー)として、御家人と「御恩と奉公」の主従関係を結んだ
  • 本拠地を鎌倉に置き、朝廷から独立した政治組織を作った
生徒様へ

「御恩」と「奉公」は最強のチームビルディング!

頼朝がなぜ強い幕府を作れたのか。それは部下(御家人)との信頼関係がハッキリしていたからです。 「手柄を立てたら土地をあげる(御恩)」、「その代わり、いざという時は命がけで戦う(奉公)」。 このギブ・アンド・テイクが明確だったからこそ、武士たちは頼朝のために必死に働きました。 君たちの勉強も同じ。「この課題をクリアしたら、この力がつく」という自分への「御恩」をイメージしながら取り組むと、やる気がグッと上がりますよ!

LINEで今の悩みを相談する
保護者様へ

豊中十一中・少路小専門。変化する「幕府成立」の解釈も柔軟に指導。

近年の教科書では、鎌倉幕府の成立を「1192年」だけでなく「1185年」とする説も併記されるようになっています。 当塾では、最新の入試傾向や学校の授業進度を把握し、お子様が「どっちが正しいの?」と混乱しないよう、それぞれの年号が持つ歴史的意味を整理して伝えています。納得感を伴う学習で、確かな得点力を育みます。

無料体験授業はこちら