源頼朝(みなもとのよりとも)は、鎌倉幕府を開き、本格的な武家政治の仕組みを創り上げた初代将軍です。
父・義朝が「平治の乱」で敗れた後、頼朝は死を免れたものの、伊豆国(静岡県)へと流されました。約20年もの間、雌伏の時を過ごした頼朝は、平氏打倒の挙兵に応じ、東国の武士たちをまとめ上げて鎌倉を本拠地としました。
弟の源義経らの活躍もあり、1185年の壇ノ浦の戦いで平氏を滅亡させました。この際、頼朝は全国に守護(しゅご)と地頭(じとう)を設置する権利を朝廷から認めさせました。これにより、軍事・警察権(守護)と土地管理・徴税権(地頭)を武士が握ることとなり、幕府の支配力が全国に広がりました。
その後、奥州藤原氏を滅ぼして全国を平定し、1192年に朝廷から征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命されました。ここに名実ともに鎌倉幕府が成立し、約700年続く武士の時代の幕が開きました。