光明皇后(こうみょうこうごう)は、奈良時代に聖武天皇(しょうむてんのう)を支え、仏教を通じた国づくりに尽力した皇后です。藤原氏の力を盤石にした藤原不比等(ふじわらのふひと)の娘であり、皇族以外で初めて皇后となったことでも歴史的に非常に重要です。
皇后は熱心な仏教の信者であり、聖武天皇が全国に国分寺・国分尼寺を建て、東大寺の大仏を造立する際も、物心両面で強く後押ししました。
また、彼女は困っている人々を助けるための施設を日本で初めて作りました。身寄りのない貧しい人を助ける「悲田院(ひでんいん)」や、病気の人に薬を与える「施薬院(せやくいん)」の設立です。自ら病人の体を洗ったという「千人風呂」の伝説が残るほど、民衆の救済に情熱を注いだ人物でした。
彼女が亡くなった後、聖武天皇との思い出の品々を東大寺に献納したことが、現在の正倉院(しょうそういん)の宝物の始まりとなりました。