少路小学校・豊中第十一中学校 専門塾
個別指導ネイバー

トップ歴史人物列伝 > 行基

歴史人物列伝

行基

行基(ぎょうき)は、奈良時代に活躍した僧侶です。当時の仏教は「国家を護るためのもの」であり、僧侶が勝手に外に出て民衆に教えを広めることは法律(僧尼令)で禁止されていました。

しかし行基は、その禁止を破って民衆の中に飛び込みました。各地で仏教の教えを説くだけでなく、橋を架け、堤防を築き、困窮した人々のための宿泊施設(布施屋)を作るなど、社会事業に尽力しました。このため、当初朝廷からは「勝手なことをする僧」として弾圧を受けましたが、民衆からは絶大な支持を集め、「行基菩薩(ぎょうきぼさつ)」と敬われました。

その後、聖武天皇(しょうむてんのう)752年に開眼される東大寺の大仏(奈良の大仏)を造ることを決意した際、莫大な費用と人手が必要となりました。そこで天皇は、民衆の心をつかんでいる行基に協力を要請します。

行基はこれを受け入れ、弟子とともに全国を回って寄付や協力を呼びかけ、大仏造立を成功へと導きました。その功績から、行基は僧侶として最高位の「大僧正(だいそうじょう)」という称号を初めて授けられました。

まとめ

行基のまとめ

  • 奈良時代の僧侶で、朝廷の弾圧を恐れず民衆に教えを広めた
  • 橋、堤防、ため池などの建設を行い、社会貢献に努めた
  • 聖武天皇の依頼で、東大寺大仏の造立に協力した
  • 僧侶として初めて大僧正という最高位の位を授けられた
生徒様へ

「スーパー・エンジニア」でもあった行基

行基が作ったとされる「久米田池(岸和田市)」や「狭山池(大阪狭山市)」の改修などは、今でも地域の役に立っています。お坊さんでありながら、現代でいう土木エンジニアのような活躍もしていたんですね。 大仏造立という国家プロジェクトが成功したのは、行基という「現場のリーダー」がいたからこそ。当時の民衆が「行基さんのためなら!」と協力した熱量を想像してみると、歴史がぐっと面白くなりますよ。

LINEで今の悩みを相談する
保護者様へ

教科書の記述を超えた「納得感」のある学びを。

奈良時代の政治は、疫病や政変など非常に不安定でした。その中でなぜ大仏を造る必要があったのか、なぜ行基が必要だったのか。こうした歴史の「必然性」を理解することで、お子様の記憶は断片的ではなく強固なものになります。 個別指導ネイバーでは、少路小・豊中十一中のカリキュラムに沿いつつ、大人が読んでも面白いと思えるような質の高い解説で、お子様の知的好奇心を引き出します。

無料体験授業はこちら