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歴史人物列伝

藤原頼通

藤原頼通(ふじわらのよりみち)は、平安時代中期に活躍した政治家です。父である藤原道長(ふじわらのみちなが)から権力を引き継ぎ、後一条・後朱雀・後冷泉天皇の3代にわたって、実に50年近くも摂政・関白を務めました。

彼が政治の中心にいた時期、藤原氏による摂関政治(せっかんせいじ)は絶頂期を迎えました。父の代に築かれた「天皇の親戚になって政治を動かす」スタイルを完全に定着させ、平安貴族の優雅な文化を支えました。

また、頼通といえば、京都の宇治に建てた平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)が非常に有名です。当時は仏教の教えが廃れるとされる「末法(まっぽう)」の時代に入ったと信じられており、不安を感じた貴族たちは極楽浄土へ行けることを願って豪華な寺院を造りました。鳳凰堂はその究極の形であり、現在の10円玉のデザインにもなっています。

しかし、頼通の晩年には、娘に皇太子が生まれなかったことなどから徐々に藤原氏の力が弱まり、のちの白河上皇による院政(いんせい)へと時代が移り変わっていくことになります。

まとめ

藤原頼通のまとめ

  • 藤原道長の子として、摂関政治の全盛期を維持した
  • 約50年間にわたり摂政・関白として君臨し、貴族文化を支えた
  • 1052年に宇治(京都)に平等院鳳凰堂を建立した
  • 浄土信仰を背景に、極楽浄土を地上に再現しようとした
  • 彼の死後、藤原氏の影響力は衰退し、院政の時代へ向かった
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君のポケットにある「10円玉」の主役!

歴史の教科書に出てくる偉い人たちって、どこか遠い存在に感じるかもしれないけれど、頼通はみんなのすぐ近くにいます。そう、10円玉に描かれている「平等院鳳凰堂」を作ったのが彼なんです。 当時の人は「この世の終わりが来るかもしれない」と本気で怖がっていました。そんな中で、これ以上ないくらい美しい建物を作って安心したかったんですね。次に10円玉を見たときは、「あ、これ頼通が平安時代の不安を解消するために作ったんだな」と思い出してみてください。暗記が少し楽しくなりますよ!

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文化と政治の結びつきを紐解く、深い理解を。

「藤原氏=摂関政治」という用語の暗記だけでは、近年の中学校の定期テスト(特に思考力が問われる記述)には太刀打ちできません。なぜ彼らがこれほど豪華な寺院を作ったのか、その背景にある社会不安や宗教観をセットで理解することで、歴史は初めて「生きた知識」になります。 当塾では、少路小・豊中十一中の出題傾向を熟知した代表が、お子様の「なぜ?」に寄り添い、応用力のつく指導を徹底しています。

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