栄西(えいさい/ようさい)は、鎌倉時代に臨済宗(りんざいしゅう)を開いた僧侶です。
彼は二度も宋(中国)へ渡り、厳しい修行を重ねて禅の教えを持ち帰りました。臨済宗の特徴は、師匠から出される問題(公案)について考えながら座禅を組むというスタイルです。この「自分を厳しく律する」教えが、当時力を持ち始めていた武士たちの気風に合い、鎌倉幕府の第2代将軍・源頼家や北条政子などからも厚い信頼を得ました。
また、栄西は「茶の種」を日本に持ち帰り、栽培を広めたことでも有名です。当時の茶は薬として扱われており、栄西は『喫茶養生記(きっさようじょうき)』という本を書いて、茶が健康に良いことを説きました。これが後に日本独自の茶の湯文化(千利休らの「わび茶」)へと発展する出発点となりました。
京都に建仁寺を建立し、禅宗を日本に根付かせる一方で、旧来の仏教界(比叡山など)とのバランスも重視した、非常に賢明で行動力のある指導者でした。