足利義政(あしかがよしまさ)は、室町幕府の第8代将軍です。政治家としては混乱を招いた側面もありますが、現代の日本人の生活に深く根付いている文化の基礎を築いた「究極の文化人」として知られています。
義政の時代、将軍の後継ぎ問題をめぐって細川氏と山名氏の争いが勃発し、1467年に応仁の乱(おうにんのらん)が始まりました。この戦いは京都を焼き尽くし、約11年も続きました。これをきっかけに、幕府の権威は失墜し、下克上の風潮が広まる戦国時代へと突入していきます。
政治の混乱から逃れるように、義政は京都の東山に隠居所を建てました。これが有名な銀閣(慈照寺)です。3代義満の金閣に比べて落ち着いた美しさを持ち、これを中心に栄えた文化を東山文化(ひがしやまぶんか)と呼びます。
東山文化では、禅宗の影響を受けた簡素な美しさが尊ばれました。畳を敷き、障子やふすま、床の間を設ける書院造(しょいんづくり)は、現代の和室のルーツです。また、茶の湯や生け花、水墨画などが大成したのもこの時期であり、日本特有の「わび・さび」の心が形作られました。