覚えるのが大変な歴史年号を、ゴロ合わせで覚えていきましょう!

1937年 : 日中戦争

■ 中国内部の争いと統一
中国では蒋介石(しょうかいせき)が率いる国民政府と、毛沢東(もうたくとう)が率いる中国共産党の対立が続いていました。
張学良(ちょう・がくりょう)が西安(シーアン)で蒋介石を監禁し、内乱の停止と共産党との協力を要求する事件がおきました。これを西安事件(シーアンじけん)といいます。蒋介石は張学良の要求を受け入れ、抗日民族統一戦線が結成されました。

※ 抗日民族統一戦線 : 日本の侵略に対抗するため、中国人同士の争いをやめること

■ 日本と中国の争い
1937年、北京郊外の廬溝橋(ろこうきょう)で日本軍と中国軍が衝突しました。これを廬溝橋事件といいます。当時の総理大臣である近衛文麿(このえふみまろ)は戦争を拡大しない方針でしたが、軍部はそれに従わず、しだいに戦争突入へと進んでいきました。盧溝橋事件をきっかけに起きた、日本と中国の戦争を日中戦争といいます。

日本は大軍を投入して戦線を拡大し、国民政府の首都である南京を占領しました。
この際、日本軍が投降した中国軍兵士や一般民衆を多数殺害し、略奪・放火・暴行を行ったと して国際的な非難をあびました。これを南京大虐殺といいます。
日本は決定的な勝利を得られないまま、長期戦の泥沼にはまりこんでいきました。

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中国の戦(いくさ)、めた日本軍

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