少路小学校・豊中第十一中学校 専門学習塾 個別指導ネイバー
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西暦 1016年

藤原道長が摂政となる

歴史年号語呂合わせ

遠(10)くの色(16)まで 道長のもの」

(人の輪、広めて摂政へ!)

平安時代中期、藤原氏は自分の娘を天皇のきさき(妻)にすることで、その間に生まれた子を次の天皇にし、自分たちが天皇の親戚として政治を動かしました。

藤原道長(ふじわらのみちなが)は、娘の彰子(しょうし)を一条天皇(いちじょうてんのう)に嫁がせました。彰子が産んだ子が後一条天皇(ごいちじょうてんのう)として即位すると、道長はその祖父として 1016年摂政(せっしょう) の職に就きました。

道長とその息子 藤原頼通(ふじわらのよりみち) の時期が、藤原氏の全盛期です。彼らは約50年にわたって 摂関政治(せっかんせいじ) を行い、権力の絶頂を極めました。

道長が詠んだ「この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」という歌は、彼の満ち足りた権力の大きさを象徴しています。

重要な役職のちがい

  • 摂政(せっしょう): 天皇が子どもや女性のときに、代わりに政治を行う。
  • 関白(かんぱく): 天皇が成人した後に、天皇を助けて政治を行う。
生徒様へ

歴史は「誰が・何のために」したかを考えよう!

藤原道長がなぜ娘を天皇に嫁がせたのか?その理由が分かれば、摂関政治はもう怖くありません。ネイバーで「点数が取れる歴史」を体験しよう!

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指導歴20年。大阪公立大卒の代表が直接プランニング

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