桓武天皇は政治に口出ししてくる仏教勢力を奈良に残し、関係を絶って律令政治を立て直そうとしました。 このため784年に都を長岡京(京都)へ移し、続いて794年に平安京(京都)に移しました。 平安京は唐の都である長安をモデルに作られました。