618年に中国で「唐」が成立したのを受け、日本は 630年、最初の 遣唐使(けんとうし) を派遣しました。正使は 犬上御田鍬(いぬがみのみたすき) です。
遣唐使の主な目的は、唐の優れた文化や法律(律令制度)を学ぶことでした。当時の唐の都 長安(ちょうあん) は人口100万人を超える世界最大の国際都市で、世界中から人や物が集まっていました。
この長安をモデルにして、後に日本の 平城京(710年)や 平安京(794年)が作られることになります。遣唐使は、菅原道真の提案で 894年 に停止されるまで十数回にわたって続けられ、日本の国造りに多大な影響を与えました。