603年、聖徳太子は朝鮮半島の高句麗や百済、そして中国の制度を参考に 冠位十二階(かんいじゅうにかい)の制 を作りました。
それまでの日本は、生まれた家柄によって役職が決まる仕組みでしたが、聖徳太子は 「家柄にとらわれず、能力や功績のある者を役人に登用する」 という新しいルールを導入しました。これは、天皇を中心とした強い国を作るために、優秀な人材を求めていたからです。
役人の位を12段階に分け、それぞれの位に応じて 紫・青・赤・黄・白・黒 の6色を濃淡で分けた冠をかぶせました。これにより、一目でその人の位(ランク)がわかるようになりました。