中国ではこのころ、魏・呉・蜀の3つの国が争っていました(三国志の時代)。その中でも、当時もっとも勢力の強かった国が 魏(ぎ) です。
日本(倭)では邪馬台国の女王 卑弥呼(ひみこ) が国をまとめていましたが、国内の争いをおさえるためにも、大陸の強い国の後ろ盾が必要でした。
そこで239年、卑弥呼は魏の皇帝に使いを送り、贈り物を届けました。その返礼として、卑弥呼は 「親魏倭王(しんぎわおう)」 の称号と、権威のしるしである 金印、そして多数の銅鏡(三角縁神獣鏡など)を授かりました。
「ふみ(23)く(9)れと、卑弥呼が魏に使い送る」
中国ではこのころ、魏・呉・蜀の3つの国が争っていました(三国志の時代)。その中でも、当時もっとも勢力の強かった国が 魏(ぎ) です。
日本(倭)では邪馬台国の女王 卑弥呼(ひみこ) が国をまとめていましたが、国内の争いをおさえるためにも、大陸の強い国の後ろ盾が必要でした。
そこで239年、卑弥呼は魏の皇帝に使いを送り、贈り物を届けました。その返礼として、卑弥呼は 「親魏倭王(しんぎわおう)」 の称号と、権威のしるしである 金印、そして多数の銅鏡(三角縁神獣鏡など)を授かりました。
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