1940年、近衛文麿(このえふみまろ)首相を中心に、日中戦争の長期化に対応するため、国内の政治体制を一つにまとめる組織「大政翼賛会(たいせいよくさんかい)」が結成されました。
政党の消滅と一国一党
この動きに際して、立憲政友会や立憲民政党といった既存の政党はすべて解散しました。これにより、議会で政府の方針を批判する勢力がなくなり、帝国議会は政府の案に「賛成するだけ」の機関となってしまいました。
- トップの構成: 内閣総理大臣が総裁を務め、各府県の知事が支部長となりました。
- 国民への影響: 町内会や隣組(となりぐみ)を通じて、国民一人ひとりが大政翼賛会の組織に組み込まれ、戦争への協力を求められました。
目的と結果
もともとは「新体制運動」として効率的な政治を目指したものでしたが、実際には軍部や政府の意志を国民に徹底させるための巨大な「上意下達」の道具となりました。