1918年、全国に広がった 米騒動 の責任をとって寺内正毅内閣が退陣しました。その後を継いで組織されたのが、日本で初めての本格的な政党内閣である 原敬(はら たかし) 内閣です。
日本初の本格的政党内閣
原敬は 立憲政友会 の総裁であり、陸・海・外相以外の閣僚を自党の国会議員で固めました。それまでの藩閥(薩摩・長州出身者)中心の政治から、議会の多数党が政治を動かす仕組みへと大きく前進したのです。
平民宰相(へいみんさいしょう)
原敬は、爵位(しゃくい)を持たない衆議院議員であったため、国民から親しみを込めて 「平民宰相」 と呼ばれました。これにより、大正デモクラシーの機運はさらに高まっていくことになります。