1915年、日本は第一次世界大戦で列強がアジアに目を向けていない隙を突き、中華民国の 袁世凱(えんせいがい) 政府に対して、日本の勢力を拡大するための 二十一か条の要求 を出しました。
主な要求内容
中国側にとって極めて不利な、以下のような内容が含まれていました。
- 山東(さんとう)省の権益: ドイツが持っていた利権を日本に譲り渡すこと。
- 租借期限の延長: 旅順や大連の借り受け期間や、南満州鉄道の利権を99か年に延長すること。
- 顧問の採用: 中国の政治、財政、軍事に日本人の顧問を採用すること(これは後に撤回)。
中国はこの要求を「国恥記念日(こくちきねんび)」として反発し、後の 五・四運動(1919年) をはじめとする大規模な抗日運動の火種となりました。