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1912年

1912年 第一次護憲運動

歴史年号語呂合わせ

行く人に(1912)オススメ、第一次護憲運動」

大正時代になり、薩摩や長州出身の政治家が権力を握り続ける 藩閥(はんばつ)政治 を打破し、議会に基づいた民主的な政治を求める動きが強まりました。これを 第一次護憲運動 といいます。

憲政擁護・閥族打破

1912年、長州藩出身の桂太郎が3度目の内閣を組織すると、国民の不満が爆発しました。 立憲政友会の 尾崎行雄(おざきゆきお) や立憲国民党の 犬養毅(いぬかいつよし) らは「憲政擁護(けんせいようご)・閥族打破(ばつぞくだは)」をスローガンに激しい反対運動を展開しました。

重要語句の解説

  • 藩閥政治: 薩摩・長州出身者だけで実権を握る政治。
  • 政党内閣: 議会で多数を占める政党のメンバーを中心に組織される内閣。
  • 大正デモクラシー: 大正期に高まった自由主義・民主主義を求める運動や風潮。

この運動により、桂内閣はわずか53日で総辞職に追い込まれました。民衆の力が政治を動かしたこの出来事は、その後の 大正デモクラシー の大きなきっかけとなりました。

生徒様へ

民衆のパワーが政治を変えた!

「行く人に(1912)」……新しい時代、大正へ向かって「行く人」たちを応援するかのように起きたのが、この運動です。それまでは一部の限られた人たちが決めていた政治を、「自分たちの手で変えよう」と国民が立ち上がりました。尾崎行雄は「憲政の神様」とも呼ばれています。彼らの情熱が大正デモクラシーという自由な空気を作っていったんですね!

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少路小・豊中十一中専門。歴史の「流れ」を掴む記述対策。

大正時代は「大正デモクラシー」という大きなキーワードを軸に、様々な運動が複雑に絡み合います。私(大阪公立大卒)の指導では、単に出来事を覚えるのではなく、「なぜ民衆が怒ったのか」「その結果、政治がどう変わったのか」という因果関係を明確にします。十一中の記述問題で満点を狙える「論理的な社会の勉強法」を伝授します。

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