1910年、日本は武力を背景に大韓帝国(韓国)を植民地としました。これを 韓国併合(かんこくへいごう) といいます。
伊藤博文の暗殺と併合への道
日露戦争後、日本は韓国を保護国とし、初代統監として 伊藤博文 を派遣しました。しかし、日本の支配に抵抗する動きが強まり、1909年、満州のハルビン駅で伊藤博文が韓国の独立運動家 安重根(アンジュングン) によって暗殺されました。日本はこの事件をきっかけに、翌年、韓国を完全に飲み込む「併合」を断行しました。
韓国併合後の統治
- 朝鮮総督府: ソウルに置かれた統治機関。
- 土地調査事業: 土地の所有権を明確にする名目で、多くの農民が土地を失いました。
- 教育: 日本語の教育や日本の歴史を教えるなど、同化政策が進められました。