1886年、和歌山県沖でイギリスの貨物船「ノルマントン号」が沈没しました。イギリス人の船長や船員はボートで脱出し助かりましたが、日本人の乗客25名全員が船に取り残され、死亡しました。
不平等条約の現実
この事件後の裁判で、イギリス人の船長は軽い罪で済みました。なぜなら、日本には外国人を日本の法律で裁く権利(領事裁判権)がなかったからです。
- 領事裁判権: 事件を起こした外国人を、その国の領事が自国の法律で裁く権利。日本の主権が認められていない不平等な状態でした。
- 世論の爆発: この判決の不当さに、日本中で「条約を改正すべきだ!」という声が急速に高まりました。
- 条約改正への道: その後、1894年に陸奥宗光が領事裁判権の撤廃に成功し、1911年に小村寿太郎が関税自主権の回復を成し遂げました。