1872年、明治政府は日本国民全員が教育を受けられるようにするため、学制(がくせい)を発布しました。
近代教育の仕組みとフランスの影響
政府はフランスの教育制度を手本にし、学区を分けて「小学・中学・大学」の3段階の学校制度を整えようとしました。
- 目的: 「身分に関係なく、すべての人が教育を受ける」という理想を掲げました。
- 実態: 全国に小学校が建設されましたが、校舎の建設費用や授業料は住民の負担とされました。
- 農民の反対: 当時の農民にとって、授業料の負担だけでなく、貴重な労働力である子供が学校へ取られることは死活問題でした。そのため、各地で小学校を破壊するなどの一揆が起きました。