1862年、武蔵国生麦村(現在の横浜市)で、幕末の歴史を揺るがす殺傷事件が起きました。これが 生麦事件 です。
事件の経緯と衝撃
薩摩藩の事実上の最高権力者であった 島津久光(しまづひさみつ) の行列を、4人のイギリス人が馬に乗ったまま横切りました。
- 原因: 当時の日本の作法では、大名の行列を横切ることは大変失礼な行為(無礼打ちの対象)とされていました。しかし、日本の習慣を知らないイギリス人はそのまま進んでしまい、激昂した薩摩藩士が斬りかかりました。
- 結果: イギリス人1名が死亡、2名が重傷を負いました。
- 影響: この事件の賠償をめぐって交渉が決裂し、翌1863年に 薩英戦争 へと発展しました。