1841年(天保12年)、老中の 水野忠邦(みずのただくに) が、衰えた幕府の力を取り戻そうとして始めたのが 天保の改革 です。享保の改革、寛政の改革と並ぶ「江戸の三大改革」の最後にあたります。
天保の改革の主な内容
- 株仲間の解散: 物価を下げるため、商人の独占団体である「株仲間」を解散させました。しかし、かえって流通が混乱し逆効果となりました。
- 人返しの法: 都市(江戸)に流れ込んだ農民を強制的に村へ帰し、農業に専念させようとしました。
- 倹約令: 庶民の贅沢を厳しく制限し、寄席(よせ)を閉鎖させるなど、娯楽も取り締まりました。
- 上知令(あげちれい): 江戸や大阪周辺の大名・旗本の領地を、幕府の直轄地にしようとしましたが、猛反対にあい失敗しました。
改革はあまりに厳しすぎたことや、社会の実情に合わなかったため、わずか2年あまりで水野忠邦は失職し、失敗に終わりました。