1837年(天保8年)、大阪で元町奉行所の役人(与力)であった 大塩平八郎 が武装蜂起しました。これを 大塩平八郎の乱 といいます。
反乱の背景と衝撃
- 天保の飢饉: 前年から続く猛烈な飢饉により、大阪では多くの餓死者が出ていました。しかし、役人や商人は私利私欲に走り、人々を救おうとしませんでした。
- 「救民」の旗印: 陽明学者でもあった大塩は、蔵書を売って資金を作り、窮民を救うために門弟や農民を率いて立ち上がりました。
- 幕府への衝撃: 反乱自体はわずか1日で鎮圧されましたが、「幕府の元役人」が、幕府の直轄地である「大阪」で反乱を起こした事実は、全国の幕府に対する不信感を一気に高めました。