1833年(天保4年)から数年にわたり、日本全土を激しい飢餓が襲いました。これが 「天保のききん(天保の大飢饉)」 です。江戸時代における「四大飢饉」の一つに数えられます。
飢饉の原因と社会への影響
- 異常気象: 春から夏にかけての記録的な低温(冷夏)と大雨により、東北地方を中心に米が全く獲れない大凶作となりました。
- 米価の急騰: お米が不足したことで価格が跳ね上がり、貧しい人々は食べ物を買うことができなくなりました。
- 一揆と打ち壊し: 米を買い占める商人への怒りが爆発し、各地で農民による 百姓一揆 や、都市部での 打ち壊し が多発しました。
この飢饉による惨状を見かねて、1837年には元幕府の役人である 大塩平八郎 が大阪で反乱を起こしました。幕府の膝元で起きたこの乱は、江戸幕府に大きな衝撃を与え、のちの 天保の改革 へと繋がっていきます。