江戸時代後期の 1825年(文政8年)、江戸幕府は近づいてくる外国船を理由を問わず砲撃して追い払うよう命じる 外国船打払令(異国船打払令) を出しました。
強硬な拒絶から妥協への流れ
- 発令の背景: 日本近海にイギリスやアメリカの捕鯨船が頻繁に現れ、薪水を求めたり上陸したりする事件が相次いだため、幕府は鎖国体制を守るために強硬な態度に出ました。
- モリソン号事件(1837年): 日本人の漂流民を送り届けに来た丸腰のアメリカ商船モリソン号を砲撃。この事件を批判した 渡辺崋山 や 高野長英 が処罰される 蛮社の獄 も起きました。
- 政策の転換(1842年): 清がイギリスに敗れた アヘン戦争 の衝撃を受け、幕府は方針を転換。打払令をやめ、薪や水、食料を分け与えて帰らせる 薪水給与令(しんすいきゅうよれい) を出しました。