1782年(天明2年)から始まった 天明の飢饉(てんめいのききん) は、江戸時代における「四大飢饉」の中でも最大規模の被害をもたらした自然災害です。東北地方を中心に、異常気象による冷害や、翌年の 浅間山の噴火 による降灰が重なり、農作物が全滅に近い状態となりました。
天明の飢饉の影響
- 凄惨な被害: 全国で数十万人が餓死、あるいは疫病で亡くなったとされ、村々が荒廃しました。
- 社会不安と「打ちこわし」: 米の価格が急騰し、都市部では米を買い占める商人が襲われる 打ちこわし が頻発しました。
- 政治への影響: 当時の老中 田沼意次 の重商主義的な政治に対して、「わいろばかりで民を救わない」という不満が爆発し、意次の失脚と 松平定信 による「寛政の改革」へと繋がる大きな転換点となりました。