1772年、田沼意次(たぬまおきつぐ)が老中に就任しました。意次は、これまでの「農業(米)」中心の政治から脱却し、「商業」の力を利用して幕府の財政を立て直そうとしました。
田沼意次の主な政策
- 株仲間(かぶなかま)の奨励: 商人の組合である株仲間を積極的に認め、独占権を与える代わりに 運上(うんじょう)・冥加(みょうが) という税を納めさせました。
- 長崎貿易の拡大: 銅や俵物(たわらもの:干しアワビなど)を輸出し、金・銀を輸入して国内に蓄えようとしました。
- 印旛沼(いんばぬま)の干拓: 新田を開発しようと試みましたが、洪水などにより失敗に終わりました。
- 蝦夷地(えぞち)の調査: ロシアとの貿易の可能性や資源を求めて、最上徳内(もがみとくない)らを派遣しました。
意次の政策は経済を活性化させましたが、一方で役人の間で賄賂(わいろ)が横行したり、都市と農村の格差が広がったりしました。その結果、天明の飢饉と重なり、百姓一揆や打ちこわしが激化することとなりました。