保元の乱(ほうげんのらん)や平治の乱(へいじのらん)で手柄を立て、武士としての実力を示した 平清盛(たいらのきよもり) は、 1167年 に武士として初めて政治の最高職である 太政大臣(だいじょうだいじん) に任命されました。
清盛は一族で高い役職を独占し、「平氏(へいし)にあらずんば人にあらず」と言われるほどの全盛期を築きました。
清盛は政治だけでなく経済にも力を入れました。現在の神戸市にあたる 大輪田泊(おおわだのとまり) を修築して、中国の宋(そう)との貿易である 日宋貿易(にっそうぼうえき) を積極的に推進。大量の 宋銭(そうせん) を国内に流通させ、莫大な富を手にしました。
また、自身の権威を示すために広島県の 厳島神社(いつくしまじんじゃ) を深く信仰し、現在のような美しい海上の社殿を整えたことも有名です。