保元の乱(ほうげんのらん)から3年後、京都で再び大きな戦乱が起きました。これが 1159年 の 平治の乱(へいじのらん) です。
保元の乱で共に戦った 平清盛(たいらのきよもり) と 源義朝(みなもとのよしとも) ですが、その後の恩賞(ごほうび)や政治的な立場を巡って激しく対立しました。
[Image: Illustration showing the conflict between Taira no Kiyomori and Minamoto no Yoshitomo in Kyoto]この戦いで 平清盛が勝利 し、敗れた源義朝は亡くなりました。義朝の息子である 源頼朝(みなもとのよりとも) は、一命は助けられたものの、伊豆(いず:現在の静岡県)に島流しにされました。
この結果、源氏は勢力を失い、勝利した平氏は武士として初めて政治の実権を握り、全盛期を迎えることになります。