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歴史人物列伝

観阿弥

観阿弥(かんあみ)は、室町時代に活躍した猿楽師(さるがくし)で、現代に続く伝統芸能「能(のう)」の基礎を築いた人物です。

もともと「猿楽」は、物まねや滑稽な芸、踊りなどが混ざった庶民の娯楽でした。大和(奈良県)を拠点に活動していた観阿弥は、そこに歌やダンスの要素をより美しく取り入れ、芸術性の高い舞台へと進化させました。

1374年、京都の今熊野で興行を行っていた際、当時まだ若かった第3代将軍・足利義満が観劇に訪れます。義満は観阿弥とその息子・世阿弥(ぜあみ)の才能に深く感動し、彼らを幕府の保護下に置きました。これが運命の転換点となり、それまで「河原者」と呼ばれ地位の低かった演劇者たちが、武士や貴族と対等に接するほどの高い地位を得ることになります。

観阿弥は単なる役者ではなく、脚本家・演出家としても超一流でした。息子の世阿弥にバトンを繋ぐことで、能は北山文化の象徴的な芸術へと発展していきました。

まとめ

観阿弥のまとめ

  • 室町時代に「猿楽」を芸術的な「能」へと進化させた開祖
  • 息子の世阿弥とともに、第3代将軍・足利義満に保護された
  • 金閣を中心とした北山文化を代表する芸術家
  • 現代まで650年以上続く、日本の伝統芸能の土台を作った
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歴史を動かした「推し活」の始まり?

もし足利義満が観阿弥の舞台を見ていなかったら、今の「能」は消えていたかもしれません。義満は当時、絶大な権力を持っていましたが、観阿弥の芸に惚れ込み、今でいう「全力の推し活」を始めたわけです。 おかげで能は武士のたしなみとなり、江戸時代には幕府の公式な芸能(儀式で使われるもの)にまでなりました。みんなが国語の時間に習うかもしれない「風姿花伝」の教えも、この観阿弥の背中を見て育った世阿弥が書いたものです。歴史は、一人の「すごい才能」と、それを見抜いた「すごいパトロン」の出会いから大きく動くことがあるんですね!

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「人」を知ることで、歴史のキーワードが記憶に定着します。

「観阿弥=能」という単語の暗記は簡単ですが、義満という政治権力との結びつきを知ることで、その後の北山文化や東山文化の理解がグッと深まります。 当塾では、代表の20年にわたる指導経験を活かし、ストーリー仕立てで歴史の背景を解説します。少路小・豊中十一中専門の個別指導だからこそ、お子様が興味を持ち、定期テストや入試で「忘れられない知識」としてアウトプットできる力を育てます。

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