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歴史人物列伝

藤原道長

藤原道長(ふじわらのみちなが)は、平安時代中期に権力の絶頂を極めた貴族です。 自分の娘たちを次々と天皇と結婚させ、その子供(後の天皇)の親戚(外祖父)となることで、強力な発言権を手に入れました。

道長は1016年に摂政(せっしょう)に就任し、藤原氏による摂関政治(せっかんせいじ)の全盛期を築きました。その後、地位を息子の藤原頼通(よりみち)に譲った後も、実質的な支配者として政治を動かし続けました。

道長がその栄華を詠んだ有名な歌があります。

「この世をば わが世とぞ思ふ もち月の かけたることも なしと思へば」
(現代語訳:この世のすべては自分のためにあるように思える。まるで欠けることのない満月のようだ。)

この歌に象徴されるように、道長の時代は藤原氏の権力が最も安定した時期であり、同時に紫式部(『源氏物語』)などの女流作家が活躍した、華やかな国風文化が花開いた時代でもありました。

まとめ

藤原道長のまとめ

  • 1016年に摂政となり、摂関政治の全盛期を築いた
  • 娘を天皇に嫁がせ、天皇の親戚として権力を握った
  • 自分の栄華を「望月(もちづき)の歌」で表現した
  • 息子の藤原頼通へと藤原氏の繁栄を繋いだ
生徒様へ

「望月の歌」は当時の日記から見つかった!

実は、道長本人はこの歌が後世まで有名になるとは思っていなかったかもしれません。 この歌は、当時別の貴族が書いていた日記(藤原実資の『小右記』)に記録されていたために現代に残っています。 歴史は「記録を残す人」がいて初めてわかるもの。君たちが今書いているノートも、未来の歴史のヒントになるかも!?

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