藤原道長(ふじわらのみちなが)は、平安時代中期に権力の絶頂を極めた貴族です。 自分の娘たちを次々と天皇と結婚させ、その子供(後の天皇)の親戚(外祖父)となることで、強力な発言権を手に入れました。
道長は1016年に摂政(せっしょう)に就任し、藤原氏による摂関政治(せっかんせいじ)の全盛期を築きました。その後、地位を息子の藤原頼通(よりみち)に譲った後も、実質的な支配者として政治を動かし続けました。
道長がその栄華を詠んだ有名な歌があります。
「この世をば わが世とぞ思ふ もち月の かけたることも なしと思へば」
(現代語訳:この世のすべては自分のためにあるように思える。まるで欠けることのない満月のようだ。)
この歌に象徴されるように、道長の時代は藤原氏の権力が最も安定した時期であり、同時に紫式部(『源氏物語』)などの女流作家が活躍した、華やかな国風文化が花開いた時代でもありました。