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歴史人物列伝

阿倍仲麻呂

阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)は、奈良時代に遣唐使(けんとうし)として中国(唐)に渡った人物です。当時の日本にとって、進んだ文明を持つ唐へ渡ることは、命がけの重大な任務でした。

仲麻呂の凄さは、唐での出世ぶりにあります。彼は外国人でありながら、中国史上最も難しいといわれる試験「科挙(かきょ)」に合格しました。その才能は、時の皇帝・玄宗(げんそう)からも認められ、重要な官職に就いて長く仕えました。また、李白(りはく)や王維(おうい)といった、中国の歴史に名を残す大詩人たちとも深い友情を育みました。

しかし、彼は常に故郷・日本を想っていました。渡航から約35年後、ようやく帰国の機会を得ますが、乗っていた船が暴風雨に遭い、現在のベトナム付近に漂着してしまいます。結局、仲麻呂は二度と日本の土を踏むことはできず、唐の都・長安でその生涯を閉じました。

彼が帰国直前の送別会で、月を見て詠んだとされる歌は、百人一首にも選ばれ、今も多くの日本人の心に響いています。

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
(大空をはるか遠く見渡すと、月が昇っている。あの月は、かつて故郷の春日にある三笠山に昇っていた月と同じものなのだなあ)
まとめ

阿倍仲麻呂のまとめ

  • 奈良時代、遣唐使として唐に渡った
  • 難関試験の科挙に合格し、唐の皇帝に仕えた
  • 李白や王維など、唐の著名な文化人と親交を深めた
  • 帰国を試みるも嵐で果たせず、異国の地で生涯を終えた
  • 百人一首の「天の原…」の歌で、望郷の念を伝えた
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当時の「世界最高峰」に挑んだ日本人

今の感覚でいうと、10代でハーバード大学に留学して、そのままアメリカ政府の重要ポストに就くようなものです。仲麻呂の頭の良さと努力は、まさに桁外れでした。 それでも、夜空の月を見て「奈良で見ていた月と同じだな」としみじみ思うところに、いつの時代も変わらない人間の感情が見えてきませんか?百人一首を覚えるときは、この「帰りたくても帰れなかった」というエピソードをセットにすると、一気に覚えやすくなりますよ!

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阿倍仲麻呂のような人物は、歴史の教科書だけでなく、国語の「古典」や「百人一首」にも登場します。科目の垣根を越えて知識を繋げることは、記憶の定着を早めるだけでなく、複雑な入試問題に対応する「思考の柔軟性」を養います。 当塾では、代表の20年にわたる指導経験を活かし、お子様が「点と点」を繋げて理解できるような質の高い授業を提供しています。少路小・豊中十一中の学習指導はネイバーにお任せください。

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