小学生・中学生によくある勉強の悩みを、塾長・立田が解決します。

江戸時代のまとめ(前編)

徳川家康(とくがわいえやす)プロフィール
■ 現在の愛知県である、三河(みかわ)の国で生まれる
■ 豊臣秀吉が天下統一を果たすのに協力した
■ 1600年石田三成と戦い、勝利した。この戦いを「関ケ原の戦い」という
■ 1603年に征夷大将軍に任命される。江戸幕府を開いた
■ 豊臣秀頼を2度の戦いで滅ぼした。それぞれ「大阪夏の陣」「大阪冬の陣」と呼ぶ
■ 1615年に、天下統一を果たす
■ 武家諸法度(ぶけしょはっと)を取り入れて、全国の武将を従えた

征夷大将軍になって江戸幕府を開いた徳川家康は、お米を1万石(いちまんごく)以上も持っている武士を「大名(だいみょう)」として、次の3種類に分類しました。

・親藩(しんぱん)          : 徳川家康の親戚
・譜代大名(ふだいだいみょう) : 「関ヶ原の戦い」より前からの家来
・外様大名(とざまだいみょう)  : 「関ヶ原の戦い」より後からの家来

そして、それぞれの大名は「藩(はん)」を領土として支配していました。「藩」は今で言う「県」にあたります。ですから当時の「大名」は現在の「知事」になります。こうして全国を藩に分割して支配していく政治のしくみを「幕藩体制(ばくはんたいせい)」といいます。また、徳川家康は東南アジアの人々とも積極的に貿易をしていました。朱印船(しゅいんせん)という許可上を使っていたので、「朱印船貿易」と呼ばれています。 また、1615年に大名たちを取り締まる「武家諸法度(ぶけしょはっと)」という法令も出しまし た。

歴史年号ゴロ合わせ
家康が異論(イロん)抑(オサ)えた江戸幕府      : 1603年に「江戸幕府がスタート」
異論(イロん)、以後(イゴ)は禁止する「武家諸法度」 : 1615年に「武家諸法度」

「キーワード」

徳川家康・関ヶ原の戦い・豊臣秀頼・征夷大将軍・江戸幕府
朱印船貿易・武家諸法度

無料体験授業ご予約は
06−6170−7555

[このページの先頭へ]