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弥生〜古墳時代

小学6年用の歴史シリーズ第3弾です。今回は弥生時代・古墳時代について。 小学生では旧石器時代・縄文時代を学習せずに、教科書は弥生時代からスタートします。

弥生時代はB.C.3世紀〜3世紀の約600年間続いた時代です。この時代には「薄手で丈夫なすっきりした土器」が使われていて、東京の弥生町(やよいまち)で発見されたため「弥生土器(やよいどき)」と名づけられました。 縄文時代では狩猟がメインの生活をしていましたが、大陸の中国や朝鮮半島から稲作が伝わったことによって農耕技術が飛躍的に進歩しました。稲作が広まるにつれて、食糧が安定するようになりました。作ったお米は高床倉庫(たかゆかそうこ)に保存していました。

静岡県の登呂遺跡(とろいせき)や佐賀県で発見された吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)が有名です。 食糧が安定したこともあり、人々の間で貧富が出てきたのも特徴的です。人々が集まって「むら」をつくり、それが「くに」へと発展していきました。弥生時代の代表的な「くに」は何といっても「邪馬台国(やまたいこく)」 です。邪馬台国の女王、卑弥呼(ひみこ)は当時の中国である魏(ぎ)と交流をもっていました。この邪馬台国の場所についてですが、歴史学者の中で今だに特定できずに論争が続いているのです。北九州説と近畿説に分かれています。

このあと3世紀後半になると、奈良県を中心としたあちこちに、大きなお墓が作られていきました。このお墓を古墳(こふん)と呼び、3世紀後半〜7世紀末までの約400年間を古墳時代といいます。 数ある古墳の中でも規模が大きくて有名なのが、大阪府の堺市にある大仙古墳(だいせんこふん)です。近畿地方に多くの古墳があったので、強い勢力が存在していたことがわかります。当時は奈良県を中心として大和国家(やまとこっか)という国が繁栄していました。大和国家の政権を、大和朝廷(やまとちょうてい)といいます。 「日本という国(大和国家)があり、その政治を動かしているのが鳩山政権(大和朝廷)」と例えるとわかりやすくなります。 大和朝廷は5世紀までに東北〜九州まで支配下におさめるほど勢力が強く、大和朝廷のリーダーを大王(おおきみ)と呼びました。後の飛鳥時代(あすかじだい)にも繁栄した蘇我氏(そがし)も有力な人物です。

「キーワード」

弥生土器・稲作・登呂遺跡 ・吉野ヶ里遺跡・高床倉庫・大仙古墳・大和朝廷・蘇我氏

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